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2007-07-28

書・書道・臨書:「石鼓文」の臨書の成果を生かして

 基本的に、私は漢字・近代詩文書を中心に創作活動を行う書家である。
 しかし、(近代詩文書などで頻繁に使われている)行書・草書体だけを学習していたのでは、書道作品に奥行きが出ない。
 今回は、「石鼓文」(せきこぶん)の臨書を生かして「大方無隅」を創作してみた。

2007-07-08

書・書道・臨書:「石鼓文」の臨書を生かして

 普段より、書家としての書学で「石鼓文」の臨書を行っている。その成果をいかして創作作品「行雲流水」を揮毫してみた。
 篆書作品は“一文字の中の余白・線の太さの均一”ということににだけ注意すればよいのではなく、作品全体のそれらの統一をはからなければならない。

2007-06-18

書・書道・臨書:石鼓文の臨書を生かして

 過日の当ブログ「書・書道・臨書ブログ」でも行った、“石鼓文の臨書を生かした創作書道作品”を掲載してみた(「樹木方盛」)。
 実際に揮毫してみれば分かるが、この篆書体というのは必ず遅筆になり、また、分間布白(文字の中の白を均等に残すこと)が一般に言われているため、集中力の鍛錬に非常に効果的である。

2007-05-25

書・書道・臨書:臨書「石鼓文」

 過日にも当ブログとりあげた、篆書体の古典「石鼓文」(せきこぶん)の一節「事録舊拓」を臨書。
 今度は近代詩文書に用いる、細身の羊毛超長鋒筆(柔らかくて長い筆)を使用して臨書してみた。
 昨日の当ブログ『書・書道・臨書ブログ』にも記述の通り、最初の頃の臨書スタイルは、古典の文字造形・筆法などを忠実に習い、そしてある程度、その古典の“いわんとするところ”が理解できるようになれば創作活動へ目を向けた臨書の姿勢が必要不可欠になる。
 書家とは、確かに古典臨書によって培ったものを基盤として、創作活動に当たることが必要ではある。しかしながら、古典臨書を最終目標(書道作品制作)にしてはならない。臨書のための古典ではいけないのだ。

2007-05-15

書・書道・臨書:臨書「石鼓文」


 今まで、筆勢豊かな古典の臨書作品を掲載した機会が多かった。そこで、今日は篆書体の古典である「石鼓文」(せきこぶん)の一節「チョウ勒既簡」を臨書してみた。ちなみに、篆書の書体は今から三千年ほど前の書体である。
 篆書の古典の臨書方法であるが、上の「石鼓文」の臨書作品をみていただいてもお分かりの通り、左右対称で縦長のスタイルが(篆書体の)基本である。そして、書道作品としてみたときに“表情”が無い。
 楷書、行書、草書、隷書などの他の書体を習ってから、篆書体を臨書してみるとその意味がより分かりやすいかもしれない。