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2009-12-10

書・書道・臨書:臨書「本阿弥切」(ほんあみぎれ)


 書家の主宰する書道教室の稽古が終了してから取り組んだ「本阿弥切」(ほんあみぎれ)の臨書である。

 臨書ではあるが、創作への過程を意識して、潤筆(じゅんぴつ)と渇筆(かっぴつ)の変化を大きくして、作品を立体的にみせる努力をしている。

 小粒の造形ながら、強靭で紙面を切り裂くような鋭い筆致を習ってみた積り。

2007-05-30

書・書道・臨書:臨書「本阿弥切」

 昨日の当ブログでも掲載した、「本阿弥切」(ほんあみぎれ)を臨書。
 しかし、昨日の「本阿弥切」臨書作品よりは、上の「本阿弥切」臨書作品のほうが、よりその特徴が表現された箇所を臨書している。
 紙面を切り裂くような鋭い筆致がこの古筆の持ち味である。それを(仮名の世界だけに留めるのではなく)漢字などの作品にも応用したいところである。

2007-05-29

書・書道・臨書:臨書「本阿弥切」

 最近のこの当ブログでは漢字の臨書が続いていたので、今日は古筆のなかで「本阿弥切」(ほんあみぎれ)を臨書してみた。その本阿弥切のなかでも、非常に(書道作品としての)展開の大きな箇所臨書した。
 漢字と仮名は対極にあるようなことを聞いたことがある。しかし、これは大きな誤りで、漢字も仮名も同次元のものであり、双方ともに学んで始めて両者の奥深さ、および自身が専門とする書道の領域の深淵さを知るのである。
 私の場合、漢字の書家であり、特に近代詩文書の場合、仮名造形も作品に混じる。
 よって仮名造形が正しく扱えないと、近代詩文書の質も低下する。