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2010-05-16

書・書道・臨書:臨書「初月帖」(王羲之)


書家の主宰する書道教室の稽古が早く終わったので、添削用の朱墨で、王羲之「初月帖」の一節を臨書してみた。

非常に重厚な線質の王羲之の古典。その線質を“再現”するくらいの気持ちで臨書している。

2010-04-21

書・書道・臨書:臨書「草書七律五首巻」(王鐸)


王鐸(おうたく)の古典の一つ「草書七律五首巻」の一節を半紙に臨書。今回は多字数の臨書作品としてみた。

このような多字数の場合、文字造形が小さくなることなどから、徹底した形臨(けいりん)の姿勢を採ることが多いようである。

しかし上の臨書作品では、創作の多字数草書作品の意識を強く持って作品制作を試みた。

“書家”の主宰する当書道教室でも、多字数による臨書の必要性を説くことが多い。

2010-02-12

書・書道・臨書:臨書 王鐸「草書七律五首巻」


 “書家”の尊敬する、王鐸の名品を臨書してみた。今回は、余白を見ながら臨書している。

 王鐸の余白の使い方の上手さを改めて実感する。

2009-08-07

書・書道・臨書:臨書「寸松庵色紙」

 池田桂鳳先生曰く『古筆の王様』こと「寸松庵色紙」の一葉を、料紙に臨書してみた。

 古筆の臨書は原寸大が一般的。書家の上の臨書作品も原寸大で臨書している。書家の主宰する書道教室でも、盛んに臨書することを薦めている古筆の中の一つである。


2009-07-04

書・書道・臨書:臨書「寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)」

 “古筆の王様”こと寸松庵色紙の一葉を臨書してみた。
 最初の一行目はあまり墨をつけずに、二行目の書き出しで墨を多く入れてみた。その二行目書き出しの強靭な線質は見ものである。
 書家は、(特に)この二行目書き出しにいつも圧倒されている。

2007-11-22

書・書道・臨書:臨書「寸松庵色紙」(すんしょうあんしきし)

 ある、仮名書道の大家が“古筆の王様”と称した、古筆「寸松庵色紙」(すんしょうあんしきし)の一葉を臨書してみた(書家の主宰する書道教室終了後)。
 作品の見せ場となる、画面中央部分に当たる三行目に強靭な線質の文字群を配しているところなどは書道作品制作に大いに参考になりそうである。

2007-11-12

書・書道・臨書:臨書「針切」(はりぎれ)

 書家の主宰する書道教室の稽古が始まる前に、臨書を行った、古筆「針切」(はりぎれ)の臨書(書道)作品である。
 小さい文字造形ながら、下方へ豪快に流れを押し進める様は、実に見応えがある。

2007-11-06

書・書道・臨書:臨書「関戸本古今集」(せきどぼんこきんしゅう)

 書家の主宰する書道教室での稽古が終わった直後に、何気なく臨書を行った「関戸本古今集」の臨書(書道)作品である。
 わずか三行なのだが、この小さな空間に非常に雄大でスケールの大きな世界が表現されており、ただただそれにひれ伏すばかりである。
 例えば、二行目の“人”とそれに続く“こと・・・”の処理なども、是非、創作書道作品で生かしたいものである。

2007-10-24

書・書道・臨書:臨書「針切」(はりぎれ)

 近年、自身の書家としての書学の一環で、重点をおいて臨書を行っている「針切」(はりぎれ)の臨書作品を掲載してみた。
 特に、潤筆・渇筆を明確にし、(臨書・書道)作品として立体感のある格調高いそれを目指した。

2007-09-26

書・書道・臨書:臨書「寸松庵色紙」(すんしょうあんしきし)

 古筆「寸松庵色紙」の一葉のなかの一節「ちはや不(ふ)る」を臨書。
 特に“は”の懐の余白の使い方、また“や”に繋がるその周囲の白を大切に、見逃さぬよう、臨書してみた。
 因みに、臨書を行った際の文字造形の大きさは原寸大。

2007-09-11

書・書道・臨書:臨書「針切」(はりぎれ)

 当臨書ブログでさかんにとりあげている、古筆「針切」(はりぎれ)を臨書。
 潤筆(しっかりと墨を含んだ箇所)と渇筆(カスレた箇所)を原本の通り、はっきりと表現し、書道(臨書)作品として格を保つことが出来るよう、遠近感を表現することに苦心した。
 古筆における潤筆・渇筆の変化の重要性は書道教室でも、いつも説いている事柄である。

2007-09-09

書・書道・臨書:臨書「寸松庵色紙」(すんしょうあんしきし)

 “古筆の王様”とまで言われる、堂々とした雰囲気をみせる、古筆「寸松庵色紙」(すんしょうあんしきし)の一葉を臨書。
 一行目の「も」などは創作仮名書道作品で、すぐにでも使えそうである。

2007-09-08

書・書道・臨書:臨書「重之集」(しげゆきしゅう)

 最近の、当臨書ブログでは、ちょ遂良の楷書の名品「雁塔聖教序」の臨書作品を公開していたが、今日は久し振りに、古筆の「重之集」(しげゆきしゅう)の一部分を臨書、公開してみた。
 “仮名”のイメージを大きく変えるまでの、筆を開閉させ、展開させている箇所を臨書。

2007-08-06

書・書道・臨書:「針切」(はりぎれ)の臨書成果を生かして

 普段より、自身の書家として行っている研究テーマの一つ、古筆「針切」(はりぎれ)を意識した、創作仮名書道作品(半紙サイズ)を制作してみた。
 細いながら下方へどんどん押し進めていく様を表現したいと考えながらの制作である。

2007-08-05

書・書道・臨書:臨書「針切」(はりぎれ)

 古筆「針切」の臨書(書・書道)作品。
 最近は、漢字の古典を(自身の書家としての書学のために)学習することが多くあった。
 そして、再び、“古筆の雅なところ”に触れるべく、以前より研究を続けている「針切」を臨書学習している。
 仮名書道作品のためだけ、というのではなく、近代詩文書(書道団体、書道展によっては「詩文書」「調和体」とするところも)や漢字にも応用が利くよう、それらへの創作活動も視野に入れた古筆の臨書を心掛けている。

2007-07-22

書・書道・臨書:臨書「関戸本古今集」

 古筆「関戸本古今集」(せきどぼんこきんしゅう)の一節「も(毛)みぢ(遅)ば」だけを取り出して、臨書してみた(大きさは原寸大にて臨書)。
 「遅」から「は」に続く線は、連綿線であるが、実画と同様の強さをもっており、「は」の上の余白の大きさは、作品のスケールを大きくする効果がある。

2007-07-11

書・書道・臨書:臨書 古筆「針切」(はりぎれ)

 上の古筆「針切」(はりぎれ)は、私の主宰する書道教室の稽古が終了したときに、(自身の書家としての書学の一貫として)臨書学習したものである。
 基本的に、古筆は“原寸大”を心掛けている。しかし、針切のもつ豪快な筆致を鑑賞していると、どうしても文字造形が大きくなってしまう。

2007-07-10

書・書道・臨書:臨書 古筆「針切」(はりぎれ)

 私が主宰する書道教室の稽古中、添削の時間があいたときを見計らって、古筆「針切」(はりぎれ)を臨書してみた。
 漢字を専門とする書家の自身であるが、特に近代詩文書は仮名の文字造形も扱うため、日々、古筆の研究も進めなければならないと考えている。

2007-06-24

書・書道・臨書:料紙に、古筆「針切」を臨書

 古筆「針切」(はりぎれ)を臨書しているが、今日は気分を少し変え、料紙に「針切」を臨書してみた。
料紙は、仮名用半紙と比べ、墨をほとんど吸収しないので、小筆に含ませる墨の量を(仮名用半紙より)少なめにすると作品制作しやすい。

2007-06-22

書・書道・臨書:臨書「針切」

 最近続けて行っている、古筆「針切」(はりぎれ)の臨書作品を掲載。古筆の場合、実験的に同一の古筆且つ同じ箇所を繰り返し臨書してきた(当ブログでは、同一の箇所は掲載していないが)。
 そこで、先日から同じ針切の古筆でも、違う箇所の臨書を行い、自身の中のリズムを変える試みを行っている。
 臨書する箇所は違えど、やはり(文字造形は小さくても)スケールの大きなところは変らない。そのため、どうしても、大きく揮毫してしまいがちになる。最終行より一行前の部分などは、スケールの大きさに圧倒され、思わず大きく揮毫してしまったところである。