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2009-08-04

書・書道・臨書:臨書 顔真卿「祭姪文稿」




 中国唐時代の四大書家の一人、顔真卿(がんしんけい)の「祭姪文稿」(さいてつぶんこう)の一節を臨書してみた。

 使用した筆は、羊毛長々鋒で、豪快な書風が特徴の顔真卿の書を表現してみた。

 書家が主宰する書道教室でも、この顔真卿の作品を臨書することを薦めている。

2009-07-04

書・書道・臨書:臨書「寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)」

 “古筆の王様”こと寸松庵色紙の一葉を臨書してみた。
 最初の一行目はあまり墨をつけずに、二行目の書き出しで墨を多く入れてみた。その二行目書き出しの強靭な線質は見ものである。
 書家は、(特に)この二行目書き出しにいつも圧倒されている。

2007-10-21

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 草書の名品、孫過庭(そんかてい)の「書譜」(しょふ)の一節「糟粕藻鑑者クム」を臨書。
 六文字目の“クム”など、非常にたくましい線が原本にはみられる。しかし、表現過多にならないよう、細心の注意を払いながら臨書作品制作を行ってみた。

2007-10-18

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 引き続き、当臨書ブログにてとりあげている、孫過庭(そんかてい)の草書の名品「書譜」(しょふ)の一節「菁華固義」を臨書。
 二文字目の「華」のように、草冠を大きく動かす方法は必ず書道作品制作を行ううえで役に立つ。

2007-10-14

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 最近の当臨書ブログで継続して公開している、孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の一節「之夫得推移之」の臨書作品。
 文字の中の余白に気を配り、臨書を行ってみた。

2007-10-13

書・書道・臨書「書譜」(孫過庭)

 引き続き、孫過庭(そんかてい)の草書の名品「書譜」(しょふ)の一節「之奥サク著述」を臨書。
 特に三文字目「サク」の、線と線との交錯のさせ方に注意をした。

2007-10-01

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 先の当臨書ブログにて記述の通り、孫過庭(そんかてい)の草書の名品「書譜」(しょふ)の一節「士翫体勢之多」を臨書作品としてまとめてみた。
 「私は仮名を習いたい」という人がいる。小生はその人の書に関する云々を疑わずにはいられない。何故なら仮名というのは、実は漢字(特に草書)を多用した書のジャンルであり、漢字の草書の学習無しには成立させることのできないものなのである。
 「5年間、書を習っていた」というのであるが、いやはや・・・。

2007-08-31

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の一節「小道壮夫不爲」を臨書。
 書譜のなかでも、非常に明るく軽快な動きで作品を展開させている箇所である。
 しかし、だらだらと勢いを流すだけでなく、しっかりと止めるべきところは止めて作品を引き締めることが大切。
 また、このような軽快な箇所(古典)を臨書しているからこそ、豪快系の書道作品も制作できるのだと考えている。

2007-08-23

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の最後のあたりの箇所「之旨余無取焉」を臨書。
 特に、一文字目「之」の第一画目の点と二画目の距離に気を配ってみた。

2007-08-21

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 最近の当臨書ブログで続けてとりあげている、孫過庭(そんかてい)の名品「書譜」(しょふ)の一節「議於断割語過」の書・書道(臨書)作品。
 特に、三文字目の「断」の最終画などは、文字の懐を大きく取って、余白の重要性を我々に示してくれている。
 よく、「臨書の行為が書道作品制作に結びつかない」という声をCalligrapherの主宰する書道教室でも耳にする。
 それは、『この古典のこのような部分を書道作品にとりいれてやろう』という心構えの不足から来るものなのである。

2007-08-20

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の一節「龍泉之利然後」を、引き続き臨書してみた。
 『仮名書道作品を制作するには、漢字の草書の古典臨書学習が必要不可欠』と申し上げても、特に初学の方にはなかなか、理解してもらい難いところがある。
 Calligrapherの主宰する書道教室でもそうだ。
 確かに、古筆にも漢字は登場する。しかし、古筆のような小さな文字造形のなかで、正確な(草書の)文字造形のとりかた・運筆をマスターしようと考えても、なかなかできるものではない。

2007-08-18

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 引き続き、孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の一節「道也豈可執氷」を臨書。
 筆を持つ期間が長くなれば、今度は、線を追いかけるのではなく“余白を追いかけた書・書道(臨書)作品制作”を心掛けてもらいたい。 

2007-08-13

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 ここ数日続けている臨書作品の「書譜」(しょふ。孫過庭)の一節「内殊衂挫於豪」を臨書。
 二文字目・五文字目の“線を交差させる箇所”において、それを縦画の上で行わない(縦画の位置からはずして交差させる)点を学びたい。

2007-08-11

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 引き続き、孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)を臨書(「其点画乃成其」)。
 この場面は、“書聖”王羲之(おうぎし)「十七帖」(過去の当臨書ブログ記事参照)のように、無駄な動きを排除した箇所で、初学の方には、うってつけのそれである。

2007-08-10

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 仮名書道作品においても、漢字の草書の古典(臨書)学習を怠ることは決して出来ない。
 現在、私は自身の書家としての書学の一環として、古筆「針切」(はりぎれ)を研究している。
 しかし、それを行うにつれて、『やはり、仮名には草書の学習が必要不可欠』との想いが強くなる。今回も、孫過庭(そんかてい)の名品より「書譜」(しょふ)の一節「研妙不亦謬哉」を臨書してみた。
 特に、「妙」字は確実に書道作品にそのまま使える造形・運筆である。

2007-08-08

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の一節を臨書。全く無駄な動きの無いところを意識して表現してみた。
 現代の奇抜さを狙う書・書道作品制作に、注意を促すかのようなところを鑑賞(臨書)することが大切。

2007-08-04

書・書道・臨書:臨書「書譜」(孫過庭)

 “書聖”王羲之(おうぎし)「十七帖」と並んで、草書の最良の“指南書”とされている、孫過庭(そんかてい)「書譜」(しょふ)の一節「尽墨仮令寡人」の臨書(書・書道)作品。
 この書譜の最初あたりの箇所では、書譜特有の「節筆」(せっぴつ)はまだ見られない。次回、その「節筆」が鑑賞できる箇所の臨書(書道)作品を、当臨書ブログに掲載する予定である。

2007-08-02

書・書道・臨書:臨書「十七帖」(王羲之)

 過日の、当臨書ブログでも公開した、“書聖”王羲之(おうぎし)「十七帖」の一節のなかから「年時爲復可々」を臨書してみた。
 「十七帖」にしては珍しく、若干の躍動感をみせる場面である。しかしながら、決して奇抜なところはみせないのが、王羲之の神業ともいえる。

2007-07-06

書・書道・臨書:臨書「十七帖」(王羲之)

 “書聖”王羲之(おうぎし)の草書の名品「十七帖」の一節「復及此似夢」を臨書(りんしょ)。
 文字の中の余白を大きくとることと、(特に)左下に向かう線が同方向にならないよう、注意しながら臨書を行ってみた。